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本当は7月に更新したかった浴衣ネタ

全ては…タイトルに書いたとおりです…
今度こそ幸せなイチャラブが書けたと思います。
そして今回は瀬戸壬生コネタのみなので、マンガ記事を楽しみにしていた方(いるのか?!)はすみません。
部屋のマンガが片付かないので、コンスタントな記事更新をしたい(理由!!!!)


 
「お嬢さんお手を拝借」
 瀬戸口にそう言われて、壬生屋は微笑みながら手を差し出した。大袈裟なセリフも、なんとなくそれらしく聞こえてしまうのが、彼の不思議で素敵なところだ、などと内心で惚気る。
 祭りの雑踏の中ではぐれないように、との配慮だろうか。いつもよりがっちりと指を絡めとられ、引き寄せられて、壬生屋は少し肩を竦めた。
「そんな、子供でもありませんし」
「…いや、これは、どちらかっていうと、虫除けというか」
 見上げた先では、瀬戸口が珍しく明後日の方向に視線を逸らして、言葉を濁している。
「瀬戸口さん?」
「あ~…今日のお前さんは、いつにも増して綺麗だから」
 それは出会い頭にも散々言われたことだった。いつもの道着姿も大変大変愛らしいけれど、浴衣姿はまだ別格であり、髪を結い上げたことで醸し出される色気は凄まじいものであり、いまその姿で男に微笑みかけたら、十中八九相手は落ちる。まあお前さんは俺のだけど…というようなことを、繰り返し聞かされた。
 確かに、恋人とのはじめての浴衣デートで、気合いを入れてきたことは確かだ。夏山の渓流に咲く白百合…と言った風情の、百合と水紋をモチーフにした紺地の浴衣に蛍色の帯は、若き日の母が好んで来ていた組み合わせだったという。今まで大人っぽくて似合わないだろうかと敬遠していたのだが、なんとか様になっていたようだ。長い髪は結い上げて、三つ編みにした後くるくるとまとめてリボンとピンでとめた。小さな風鈴のついた簪は、去年今日と同じ祭りに参加するために購入したものだ。あと…薄っすらと、化粧もしてみたのだ。加藤や原にもらったハウツー本や、コスメグッズに悪戦苦闘しながらも、浴衣に負けない大人っぽい女になりたくて。
「…あなたに綺麗と言ってもらえて…嬉しい、です」
 真っ赤になりながらもそう言えば、漸く瀬戸口がこちらを向いてくれた。気のせいでなければ、彼の頬も赤い。
「参っちゃうよな。お前さん、うなじまでサクラ色にするんだから」
 すっと首筋をなぞる指先に、壬生屋は思わず小さな声を上げてしまった。悪い悪いと口にしながらも、瀬戸口はちっとも反省している風には見えない。
「…こんな艶かしい女が、俺のものだと思うと、ちょっとめまいがする」
「真顔で言わないでください!」
「本気なんだから、仕方ないだろ」
 瀬戸口はすいすいと人ごみの合間を進んでいく。かといって、壬生屋を駆け足にさせるでもない。浴衣の自分の歩幅に合わせてくれてもいるのだろう。本来は祭りの喧騒を楽しむべきだろうに、気分がふわふわとして、提灯の光が薄らぼんやりと見えてしまう。自分の視界の中心に瀬戸口がいて、ピントもそこに合っているからだ──恥ずかしい。けれど。
「──夢みたい」
「へ?」
「…あの日から、もう1年経ったんですね」
 壬生屋の言葉に瀬戸口は立ち止まると、「ああ」と頷いた。彼も思い出していたのだろうか。去年の夏祭りの日も、瀬戸口と壬生屋はここにいたのだ。出店の立ち並ぶ参堂をさらに奥に進んで、人気のない社の階段で、壬生屋は千切れた鼻緒と雨を前に途方に暮れていた。そこへ通りがかって手を貸してくれたのが、誰あろう瀬戸口であった。祖母の本棚にあった、古めかしい恋愛小説のようなシチュエーションに、壬生屋の胸はそれはもう高まった。憎からず思っていた瀬戸口を、さらに意識するようになった切っ掛けと言ってもいい。
「貴方はご存知ないでしょうけど、あの日は本当に散々だったんです」
「そうなの?」
 この話は長くなるな、と判断したのか、瀬戸口は再び歩き出す。
「そうです!…貴方は、綺麗な女性の方と、楽しそうにしてましたけど」
「あ~昔の話…って、お前さん、俺がいるって知ってたのか?」
 知っているも何も!見せ付けるようにして腕を組んで歩いていたではないか!…と壬生屋は声を上げそうになり、ぐっと堪える。あの頃の自分達は恋人でもなんでもなかった。嫉妬をするのは筋違いだ。それでも、彼が誰かと歩いているのを見て、あんなにも心が痛んだ。その意味を今はもう知っている。
「あの日は、本当は加藤さんとここに来るはずで…」
 だが、いそいそと浴衣まで着たところで、加藤からのメールが入ったのだ。熱を出してしまったので、今日は一緒に行けない、と。生憎と、そのころの壬生屋には加藤以外に祭りに誘えるような友達はいなかった。このまま浴衣を脱いで家にいるという選択肢もあったが、それは何だか勿体無い気もする。壬生屋は軽い気持ちで一人で夏祭りに訪れ──そして、すぐに後悔をした。
 友達、家族、恋人──とにかく、縁日を楽しむ人々は皆誰かと連れ立っていた。一人で祭りを楽しむ人もいたのかもしれない。だが、ある種の恐慌状態に陥った壬生屋の目には入らなかった。一人っきりの自分は、彼らの目にはどう写るのだろう…そう考えると、羞恥で頬が染まる。今思えば、とてもつなく傲慢で独りよがりな思考である。一人で何を楽しむのも乙なものであるし、群れているから偉いという物でもない。とにかくそんな心境の中で、女性と並んで楽しげにしている瀬戸口を見かけたのだ。壬生屋は大いに憤り、傷ついた。そしてそんな風に傷ついた自分に戸惑って、混乱した。──その後も散々だった。何度も男に絡まれて、その度に物理的な力を行使して追い払い、そうしているうちに出店を楽しむ暇もなく雨も降り始めて、慌てて人気のない社の下に駆け込んだ。その勢いで鼻緒が千切れて…泣きっ面に蜂とはこのことか、と、壬生屋は苛立たしさを通り越して、悲しくなっていた。ついつい涙ぐんでしまったのは許して欲しい。そんな時に、瀬戸口が自分に声をかけてくれたのだ。


「あの時は、本当にびっくりしたんですから」
 壬生屋の思い出話に耳を傾けながら、瀬戸口は脳裏にあの時の光景を思い描いていた。壬生屋に声をかけた時の、ではない。もっと前の…縁日の雑踏の中で壬生屋を見つけた瞬間から、だ。
 ──ずっと見てたって言ったら、お前さんも流石に怒るかな…
 いや、その前に気持ち悪がられてしまうような気がする。瀬戸口は口は軽いが、余計な事は口に出さない男だった。だから、思い出すだけに留める。
 壬生屋の言う通り、あの日の自分は一人ではなかった。けれども、雑踏の中を一人歩く壬生屋を見つけて、その姿に見蕩れてしまったのだ。女の子は皆可愛い。装った女の子はもっと可愛い。これは瀬戸口の信条であり、紛れもない真実である。だが、壬生屋の浴衣姿は一際輝いて見えたのだ。今とは違う、白い生地に淡い色とりどりの紫陽花の咲き乱れた浴衣に、赤い帯がキリリと映えていた。結い上げた黒髪のせいか、いつもより大人っぽく見える。性格は合わなかったけれど、瀬戸口は壬生屋の胴着については割りと好意的に見ていた。壬生屋は純和風の美少女で、それが似合っていたからだ。その純和風の美少女の浴衣姿である。推して知るべし、であろう。そして何よりも彼女を際立たせていたのは、その所作の美しさだ。着慣れない浴衣を着て、おっかなびっくり歩く姿も確かに初々しくて素晴らしい。だが、和装に慣れた壬生屋の歩き方は、背筋がピンと伸びて、足運びに迷いがなくて…とにかく、綺麗だった。見蕩れに見蕩れた結果、瀬戸口は瞬間隣の女性の存在を忘れ、結果的にそれが原因で彼女を怒らせてしまった。一度見蕩れたくらいならば、目こぼしをしてもらえたのだろう。だが瀬戸口は、壬生屋を見失った後も事あるごとにあの姿を思い出して、ぼんやりとしてしまった。ツレはみえなかったけれど、誰かと待ち合わせしているのだろうか、とか。もし一人だとしたら、男が放っておかないだろうな、とか。変な男にひっかかっていないだろうな、とか。──今思えば、大変申し訳ないことをしたという気持ちが強い。
 兎に角、「もう知らない!」と縁日の雑踏に残された瀬戸口は、自分の欲望に従って壬生屋を探した。彼女はすぐに見つかったし、案の定見知らぬ男に絡まれていた。そして瀬戸口が助けに入る前に、男の手はひねり上げられていた。流石だ。その後も、瀬戸口は壬生屋に声をかけられないまま、後をついて廻ってしまった。だって、何と言って声をかければいいのだ。「よう、壬生屋。綺麗だな」本心だが、それじゃあ彼女に群がる男どもと大差ないではないか。「なんだ一人なのか?じゃあ俺と遊ばないか?」どう考えても鬼しばき一直線である。
…そもそも、壬生屋と自分はそんな風に気軽に声をかけられる関係ではない。
 そうしている間にも、壬生屋は誘蛾灯のように男を引き寄せ、その腕力でねじ伏せていた。
 ──馬鹿だな。あんな上等な女がそうやすやすと落ちるわけがないではないか。
 いつの間にかそう考えている自分に、瀬戸口は心底驚いた。上等って、何だ。昨日まであの女と自分は犬猿の仲だったはずだ。顔が可愛いのはその時から解っていたことだ…そう解っていた。きっとここにいる男はみんな知らない。あの白百合の花のように楚々とした女が、短期で意固地で不器用な少女であることを。知りもしないくせに、あんなふうに気安く?き口説いている。それを自分は許せないのだ──そこまで考えて、瀬戸口は堪らない気持ちになった。熱っぽくて、苦おしい。甘酸っぱくて、切ない。何だろう。これは。

 ぽつりと、鼻先に落ちた水滴は唐突なものだった。だが、それはすぐに勢いを増し、壬生屋は慌てて石段を駆け上がる。瀬戸口は足音を殺してその後を追った。彼女の死角になるように、石段の中途で止まって顔を上げた先で、壬生屋は顔を伏せていた。社の縁に腰掛けて、少し乱れた裾から覗く足が艶かしい。目を凝らせば、下駄が片方脱げている。鼻緒が──そこで、瀬戸口は息を呑んだ。壬生屋が泣いていた。肩を震わせて、声を殺して。それに気づいた瞬間、瀬戸口の逡巡は吹き飛んでしまったのだ。泣いている女性がいたら、助けなければならない。それが『惚れた』女ならば、なおさら。
「お嬢さん、お困りで?」
 見上げた壬生屋の涙に濡れた青い瞳を、自分は一生忘れられないだろう。綺麗な女の、一番綺麗な瞬間。そう、思っていたのに。


「やすやすと新記録更新とは、恐れ入るね…」
「何のお話ですか?」
「いや、俺の脳内アルバムの話」
「はあ。瀬戸口さんの仰ることは、時々難しいです」
 いつかの社に腰かけて、二人は少し遠のいた祭りの雑踏を耳にしながら、休憩をしていた。去年はちっとも楽しめなかった金魚すくいや綿飴やたこ焼きなど、お祭りらしさを満喫することができて、壬生屋は幸せだった。もうすぐ花火も上がるのだという。ここからも見えるだろうか。
「難しいもんか。今日も俺の未央は最高に可愛いなぁ~って話だよ」
 肩を抱かれて、壬生屋は素直に瀬戸口の体にもたれ掛った。ときめくのと同じくらい、この腕に安堵を覚えるようになってしまった自分が、嬉しくも恥ずかしい。
「…未央」
「こんなお外では、駄目です」
「まだ何もしてない」
 では、自分の掌に触れている唇は何なのだろう。眼前に差し出したコレがなければ、今頃自分の唇とがっつり重なり合っていたはずだ。
「誰も見てないだろ」
「駄目です!」
「じゃあ、お家に帰ったら、な」
 瀬戸口の色を含んだ言葉に、壬生屋は真っ赤になって頷いた。彼の言葉を汲み取れないほど、自分は初心ではなくなった。そして何より、そうやって求められることが嬉しくなってしまった。本当に──全部が。
「夢のようです」
「夢なもんか」
 即座にそう返されて、壬生屋は瞳を瞬かせた。
「全部本当だ。未央が俺を好きなのも、俺が未央を好きなのも」
 
 花火の轟音が空気を奮わせる。しかし壬生屋は夜空ではなく、瀬戸口の瞳を見上げて微笑んだ。やはり全てが夢のようだ、と思いながら。



しくしく泣いている未央ちゃんを物陰から眺めるストーカーめいた瀬戸口君を思いついてしまった結果のお話なんですが、ストーカー部分があっさりしてしまいました…いちゃちゃさせたい欲が勝った結果です。


by haruyi | 2019-08-04 23:39 | コネタ

独り言のようなそうでないような


by haruyi